|
玄関ホール。見上げるほど高い天井。床には正方形に切り出された石畳が敷き詰められ、その上には踏めば足が沈み込むような上質の絨毯が敷かれている。絨毯は緩やかな曲線を描く階段へと続いており、壁には数点の風景画が飾られている。 その玄関ホールにて、燕尾服に実を包んだ少年が丁寧に腰を折る。 マルク(以下マ):「ようこそおいでくださいました。私はここ、蜃気楼の屋敷ことヴァレンシュタイン家に仕える執事マルク=マルドゥーク。このたび発売されることになりました『影執事マルクの手違い』の主人公を務めさせていただいております。本編刊行に先駆け、ご挨拶をさせていただくことになりました」 ぺこりと丁寧に腰を折るマルク。 マ:「それでは、さっそくではありますが、自己紹介などさせていただきたいと思います。とは申しましても、私一人で語るのもいかがなものかと思いますね。ということで、本編にてヒロインを務めていただいております、我が主エルミナ=ヴァレンシュタインにおいで願いたいと思います」 マルクがそういうと、階段の上に一人の少女が姿を見せる。金色の髪と翠玉の瞳。藍色のドレスに身を包んで優雅に肘を組む。しかしそこに表情というものは存在せず、もはや威圧的とすら呼べる無表情。 マ:「………………あの、お嬢様? なにかコメントをお願いします」 マルクがにわかに微笑を引き攣らせてそう言うと、少女は翠玉の瞳をゆっくりと揺らす。 エルミナ(以下エ):「……話すことは、ない」 マ:「………………………………」 エ:「……………………………………」 マ:「……えー、ただいま、放送上、不適切な表現が含まれていましたことを深く、お詫び申し上げます」 マルクはすごい勢いで階段を登り、エルミナの手を引くとホールの向こう、廊下へと消える。 マ:(お、お嬢様! こ、困ります! 出版前に作品アピールしようという企画なのですよ? いきなりマイナスイメージです) エ:(……こういった場で、話すことが思いつかないのだ) マ:(だったらそういうふうに仰ってください! ……って、もしかして、お嬢様、緊張なさっているのですか?) エ:(……そう、見えないかね?) マ:(申し訳ございません。まるで気づきませんでした) エ:(………………………………(どこか批難するような眼差し)) マ:(わ、わかりました。なんとかいたします……アイシャ どこにいますか、アイシャ!) マルクの呼びかけ……というよりももはや縋るような声が響き、やがてキイ――と、扉の開く音。玄関ホールに真っ白のエプロンをした侍女姿の少女が現れるが、誰もいないことに首を傾げてキョロキョロと辺りを見回す。 マ:(アイシャ。上です。二階に来ていただけますか?) アイシャと呼ばれた侍女は不思議そうに首を傾げ、それから階段を登る。二階に到着すると、マルクたちが消えた廊下へと進む。 アイシャ(以下あ):(マルクさん……エルミナも、なにやってるんですか?) マ:(実は……かくかくしかじかで……) あ:(えええええぇえっ? あ、あたしがお話するんですか?) マ:(お願いします。ご自分の趣味などをお話していただければ十分ですから) あ:(あ、あたしの趣味なんか聞いて、誰か喜ぶんですか?) マ:(それは…………分かりませんが) あ:(分からないんですか?) マ:(お嬢様。とにかく、アイシャが見本を見せてくださいますから、それで流れを掴んでくださいまし) あ:(マルクさん。酷いです……) なにやら傷ついたように涙ぐむ侍女の手を引き、マルクが再びホールに二階に姿を現す。 マ:「えー、大変失礼いたしました。予定を変更しまして、お嬢様にお仕えする侍女アイシャ=クラン=ウィードをご紹介いたします。ヒロインであるお嬢様を差し置いて、イラスト出演数、主人公に次ぐ2位を誇るクーランの少女でございます」 あ:「は、はわわわわ、あたしってそんなに多いんですか? あ、う、その、あ、あたしは、アイシャと言います。年は13です(それから、救いを求めるようにマルクへ視線を向ける)」 マ:(あとは、趣味や好み、特技などでも仰ってください) あ:「え、ええっと……趣味は、花壇の手入れです」 マ:「アイシャらしいですね。どんな花を植えているのですか?」 あ:「ここの花壇って、なにを植えても花が咲くんです。だから、見つけた種とかはなんでも植えたりしてます」 マ:「…………ええ。まあ、植えてみたくなりますよね」 あ:「なんで目を逸らすんですか?」 マ:「さあ、それでは好みなど訊いてみましょうか」 あ:「話まで逸らされました……。えっと……好きなもの、というか好きなことですけど、体を動かすことです」 マ:「ほう……、少し意外ですね。具体的にはどんなことを? 散歩などでしょうか?」 あ:「ドミニクさんが体操の本とかくれるんで、それを見ながらやってます」 マ:「補足説明させていただきますと、ドミニクさんはこの屋敷の家令でございます。お嬢様のお使いで留守にしていることが多く、現在も席を外しております。……さて、それでどんな本なのでしょうか?」 あ:「ええっと、どういう意味の言葉かは分からないんですけどかぽえら≠チて書いてました」 マ:「………………………………」 あ:「……………………………………」 エ:「…………………………………………」 マ:「ま、まあ、体を動かすことには違いありませんね。他にはどんなご本を参考に?」 あ:「ええっと、どこかよその国の本らしくて字は読めないんですけど、この本の絵とかを真似してみてます」 アイシャが取り出した本は手作りのもので、マルクにも読めない文字で書かれていた。それをのぞき込むエルミナ。 エ:「……実践柔術……とある」 マ:「ドミニクさん……。あなたはこの娘になにをさせたいのですか?」 あ:「あの、変な本なんですか?」 マ:「そうですね……。アイシャが読むには少し早いように思えます」 あ:「ど、どうしよう。あたし、それほとんど覚えちゃいました」 マ:「…………えー、最後に特技を訊いてみたいと思います」 あ:「や、やっぱりいけないことなんですか? あう、ええっと、特技ですか? 特技は、料理です!」 マ:「………………………………」 あ:「……………………………………」 エ:「…………………………………………」 沈黙。凍てつく空気。マルクは、引き攣った微笑を浮かべつつ、極力優しく切り出す。 マ:「アイシャ? 間違っていますよ。特技というのは、上手にできるもののことを呼ぶのですよ?」 あ:「エルミナは上手だって言ってくれました!」 マ:「お嬢様…………?」 エ:「……悪意はなかったのだということを理解して欲しい」 あ:「あの、エルミナ? それってどういう――――」 マ:「――さあ、これでつかみは問題ありませんね。それでは、お嬢様に自己紹介願いたいと思います」 あ:「ちょ、ちょっと、マルクさん! エルミナも。今のって――」 エ:「……ヴァレンシュタイン家のエルミナという。未熟者だが、当主を務めている」 マ:「はい。それではさっそく趣味をお伺いしましょうか」 あ:「……マルクさん。ひどいです」 エ:「……趣味は、読書……だろうか」 マ:「いつも書庫にこもっていらっしゃいますからね」 エ:「……本が好きでそうしているわけではないのだが」 マ:「では、純粋にご勉強なのでございますか?」 エ:「……そういうことになる」 マ:「なるほど。ですが、勉強を趣味と呼べるのはすばらしいことかと思います。それでは好きなものをお伺いしましょう」 エ:「……歌」 マ:「はい?」 エ:「……いや、いい」 マ:「ああっ? し、失礼いたしました。歌でございますか?」 エ:「……(小さく首肯)」 マ:「ええっと、オーケストラのようなものでしょうか?」 エ:「……いや、歌うこと……なのだが」 あ:「エルミナが歌うの?」 エ:「……(同じく首肯)」 あ:「わあ……。聴いてみたい」 エ:「……時がくれば、いずれ」 マ:「ええっと、ひとまず今は歌う気分にはなれないようでございます。最後に特技をお伺いしましょう」 エ:「……特技…………」 マ:「えー、たとえば、人から凄いと言われたことなのでもかまいません」 エ:「……記憶力が良いと、言われたことがある」 マ:「記憶力でございますか?」 エ:「……一度読んだ本の内容は、おおむねページごと記憶している」 マ:「…………そ、それは、また、凄い特技……というか、才能ですね」 エ:「……そうなのだろうか?」 マ:「いや、もう少し自信をお持ちになってください」 あ:「あの、マルクさん。あたしとエルミナにだけ言わせてずるいです。マルクさんだって自己紹介してください」 マ:「私ですか? 私はお嬢様のような特技はなにもありませんよ?」 エ:「……そうだろうか?」 あ:「マルクさん、特技の塊みたいなものじゃないですか」 マ:「お二人とも……、それは、恐らく……いいえ、断じて私が望んで身につけたものではありません。しかしそうですね。望んで身につけた特技ならば、ナイフ投げでしょうか」 あ:「マルクさん、よく銀食器とか投げてますもんね」 マ:(アイシャ……! 声が大きいです)」 あ:「銀食器を投げるって、大きな声で言っちゃいけないんですか?」 マ:「あの、アイシャ。謝りますから声を落として……」 エ:「……気にすることはない」 マ:「お嬢様?」 エ:「……給金から天引きするのであろう?」 マ:「ぐあっ?」 ガックリと膝をつくマルクに、アイシャが笑顔で続ける。 あ:「それじゃあ、マルクさんの好きなものを聞いてみます」 マ:「好きなものですか? お金ですが?」 あ:「………………………………」 マ:「……………………………………」 エ:「…………………………………………」 あ:「あの、マルクさん。お金で買えないものも、きっとあると思います」 マ:「うぐっ?」 エ:「……では、趣味を聞こう」 マ:「あれ? あの、お嬢様? もしかして銀食器のこと、怒ってませんか?」 エ:「……答えたまえ(補足:マルクはエルミナの命令には逆らえない)」 マ:「………………………………」 エ:「……………………………………」 あ:「…………………………………………」 マ:「………………………………………………」 エ:「……………………………………………………」 あ:「…………………………………………………………」 マ:「あれ? 今、命令されましたよね?」 あ:「もしかして、マルクさん、趣味がないんですか……?」 マ:「え?」 マルクは思い悩むように俯くが、その顔からは見る見るうちに血の気が引いていく。エルミナが気の毒そうに目を逸らし、アイシャはそんなマルクを励まそうとうろたえる。 あ:「ええっと、マルクさんの趣味は、趣味を探すことみたいです!」 マ:「アイシャ! それは、なんのフォローにもなってません」 あ:「それでは、『影執事マルクの手違い』をお楽しみに!」 エ:「……よろしく頼もう」 マ:「ちょっと……」 泣き出しそうなマルクの声を閉め出すように、玄関の扉が閉じていく。 おしまい |
| << 前記事(2008/10/12) | トップへ | 後記事(2008/10/18)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
いやー楽しいですねぇ〜、マルクを中心に屋敷のみんなでくりひろげられるコメディ。そこにタイトル影執事のところがどうストーリーに組み込まれるのかですね。 |
enzeru 2008/10/17 08:27 |
ありがとうございます。 |
teshima 2008/10/17 18:36 |
| << 前記事(2008/10/12) | トップへ | 後記事(2008/10/18)>> |